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実際、数十年前までは人類学者もそのように考えていました。
しかしながら、分子時計を使ってヒト上科の霊長類がどのように分岐したのかを調べてみると、ヒトの系統はそれほど独白ではないということが分かったのです。
DNAに蓄積された突然変異の頻度を時計として使うのが分子時計ですが、時計の針に短針と長針があるように、DNAの部位にも突然変異が蓄積しやすい、すなわち短い時間での変化がわかりやすい部分と、突然変異があまりたまらず、長い時間の幅でしか変化が分からない部分かあります。
マラソンのタイムならともかく、一〇〇メートル走のタイムは、時計の長針では正確に計れません。
それと同じように、短い時間で分かれた種の分岐年代を測るには、短い時間で突然変異が蓄積する部分を調べる必要があるのです。
短針として役に立つもののひとつが、ミトコンドリアのDNAです。
ミトコンドリアは、動物細胞のひとつひとつのなかにあるカプセル状の小さな器官で、多い場合ひとつの細胞に数千個存在しています。
もちろんわたしたちの細胞にもあります。
このようなものを細胞内小器官といいます。
ミトコンドリアの驚くべき点は、それが独自のDNAをもっているということです。
わたしたちの体についての情報をもつDNAは、細胞のなかの核というところに納められています。
ところが、ミトコンドリアはこの核DNAとは別に、自らのDNAをもっているのです。
そのDNAは一般的なバクテリアと同じく環状、つまり輪のようにつながっています。
独白のDNAを持ち、またそのかたちがバクテリアと同じであることから、ミトコンドリアはもともと細胞とは別に存在していたと考えられています。
生物学者のR氏は、バクテリアだったミトコンドリアが一〇億〜二〇億年前に細胞と共生を始めたのだと考えています。
そもそもわたしたちの体はおびただしい数の細胞が集まった共同体なのですが、その細胞もまた、さまざまな器官が共同で維持しているものなのです。
実は、わたしたちのような動物においては、核DNAはそのまま次世代に受け継がれていくのではありません。
この場合、「わたしたちのような動物」という言葉は、「性」をもつ動物という意味です。
わたしたちひとりひとりがもつDNAの配列は、その半分が父親から、半分が母親から来たものです。
核のDNAに刻まれた突然変異の記録は、性を介することによってさまざまに攬乱されています。
ところが、ミトコンドリアのDNAには性は関係ありません。
分裂によってできた次世代のミトコンドリアは、親と同じ配列のDNAをもっています。
ということは、それまでに起きた突然変異が忠実に蓄積されているということです。
このことこそが、ミトコンドリアのDNAを短針として利用することを可能にする要因のひとつなのです。
分子時計によって推定される分岐年代も示してあります。
ヒト上科の霊長類の中で最もヒトに近いのはチンパンジーとボノボ(ピグミーチンパンジーあるいはビーリヤとも呼ばれる)です。
わたしたちとかれらのあいだのミトコンドリアDNAがこれだけ異なるのには、五〇〇万〜八○○万年にわたる突然変異が必要だったと考えられています。
つまり、少なくとも約六〇〇万年前にはわたしたちとチンパンジー、ボノボは同じ種だったのです。
ただ気をつけなければいけないのは、これはいま存在している種だけを対象に、そこにどのように遺伝子の川が流れ込んできたかを推定したものです。
現在に至る前に途切れてしまった流れ、すなわち絶滅してしまった種についてはこの方法では何も分かりません。
この枝分かれ、実は途中で途切れている幾本もの流れがあるのです。
およそ六〇〇万年前、チンパンジー、ボノボとの共通祖先からも、多くの支流が流れ出していたことでしょう。
オランウータンゴリラ流れを、ミトコンドリアによってたどっていったのです。
ヒト上科の霊長類のうち、ヒトに近いゴリラ、チンパンジー、ボノボはすべてアフリカに生息しています。
ということは、わたしたちの祖先ももともとはアフリカに棲んでいたと考えられますが、実際、およそ一〇〇万年以上前の人類化石はすべてアフリカから出土しています。
一般的にヒト上科の霊長類のうちヒト以外の種、すなわち東南アジアに広く分布するテナガザル類、ボルネオとスマトラに生息するオランウータン、そしてゴリラ、チンパンジー、ボノボを類人猿と呼んでヒトとは区別しています。
しかしながら、この区別は正しくありません。
ミトコンドリアDNAの分析と化石の証拠をみる限り、わたしたちはまぎれもなくアフリカ類人猿の一種なのです。
ただし他の仲間と比べてかなり風変わりな特徴をもっていますが。
およそ六〇〇万〜七〇〇万年前、アフリカには現在の類人猿のような種が数多く存在していました。
そのなかから人間へと至る遺伝子の流れを分けたのは、直立二足歩行でした。
直立し、二本の足で歩くという他の霊長類にはみられない移動様式は、解剖学上の大きな変化であるばかりではなく、環境への適応にも影響を与えました。
まず両手が移動から解放され、自由に使えるようになったということがあります。
このおかげで物を運んだり、道具を使ったりすることがよりうまくできるようになりました。
もうひとつは、移動のエネルギー効率です。
直立二足歩行は短距離を速く移動するには向いていませんが、長い距離を移動するには、エネルギーの無駄が少ない方法だということが分かっています。
直立二足歩行をする類人猿の環境との関わりは、他の種とはかなり異なったものになっていったことでし現在のわたしたちにつながったと考えられる最も古い種は、どこまでたどれるのでしょうか。
二〇〇二年七月、中央アフリカのチャドで発見された、約六〇〇万〜七〇〇万年前のものと考えられる人類化石についての論文が発表されました。
この化石種には「サヘラントロプスーチャデンシス」という学名がつけられましたが、みごとな保存状態で発見された頭蓋骨の写真を新聞で見て感動したことを覚えています。
骨のかたちからどうやら直立二足歩行をしていたと考えられており、もしこの六〇〇万〜七〇〇万年前という年代測定が正しいものなら、ミトコンドリアDNAの分析結果を考えるとまさに最古の人類、チンパンジー、ボノボとの共通祖先から分かれたばかりの種であるといえるでしょう。
よく本や博物館の展示で、脳が小さくチンパンジーもどきの初期人類から、大きな頭をもち、すらりとしたプロポーションをした最近の人類種の絵が左から右へと並んでいる図を見ることがありますが、これは誤解を招くものです。
チンパンジーから分岐した人類の歴史は、ある時代にひとつの種だけがいて、それが直線的につながったものではないのです。
同時代に多くの種が存在し、それらのひとつから遺伝子の流れがつながっていった果てにあるのが、現在のわたしたちなのです。
初期人類の化石については、ここ数年のあいたに重要な発見が相次ぎました。
一〇年前にいかれていたことが完全に時代遅れになってしまっているという状態です。
また、各時代のどの種がどの種につながっていったのかということについても、研究者によって見解が異なります。
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